酒飲亭いさんの落語ごろごろノート

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zoom RSS 「棒鱈」の秘密A

<<   作成日時 : 2014/01/16 00:49   >>

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題名が大げさな割りには内容はショボイです。
っと、まずは予防線。

時代はザックリ江戸時代ですね。
さて、これに登場するお国自慢の田舎武士。
「琉球」なんてな唄をうなるところや、
言葉からだと西国、それも薩摩が濃厚に思えます。
話の内容から、馴染みの芸者がいて、
それも朋友らをこの芸者が知ってるところから、
かなり遊んでる雰囲気です。

ところが、たまにしか江戸にやって来ない勤番侍が、
こうした料亭で遊べるほどの金を持ってるはずが無い。
せいぜい名所を歩き回り茶店で一服、
絵草子などを買求めるくらいのもんでしょう。
定府の藩士で、他藩や幕府中枢との付き合いがある者、
つまり接待費を使える者なら豪遊も可能でしょう。
実際、初期の吉原の大得意は大名や高級侍でして、
太夫を母とする大名が数名いたそうな。
大名道具の面目躍如ですねェ…

話がちょっとそれました。
どうも鼻息荒く遊んでる西国武士ってえのが、
江戸時代にはそぐわないような気がします。
これはやっぱり、
官軍となって江戸を席巻した維新以後がしっくりきます。
田舎侍が俄かに政権の中枢に座って、
権力を嵩にきて豪遊する。
江戸っ子が酔っ払って難癖をつけたくなるのも自然です。
明治になってるとしたら、刀を差してるのは?
調べてみると廃刀令は明治9年の発布なので、
明治初頭の噺ならば矛盾がない。
ということで、「棒鱈」の成立はこの頃ということで一件落着。
江戸時代じゃない訳ですね。
(正しいかどうかは不明です、念のため…)

一応、断定したところで、ハナシは更に続きます。
だいたい江戸人には上方への劣等感があったようです。
京大阪から到来したものは「下りモノ」で上等品。
関東東国の地場産品は「下らないモノ」、
東京中心の今の上り下りと逆です。
現代の舶来信仰と同じような心象が上方に対してあったんでしょうね。
その伝でいくと、槍玉に上がってるのが西国武士てえのが、
ちょっと引っかかる。
上方と西国は違うとも言えるが、
田舎侍を揶揄するんなら、西国じゃない方が自然です。
ここでの侍は権助風の言葉使いが望ましい。
そう思って聞くと、武士の言葉は権助に聞こえてくる。
落語の田舎言葉は何処と特定できない。
江戸以外ならどこでもいいとも言えるし、
特定しちまうと、反感をかうでしょうから具合が悪い。
独特の権助言葉になったてえ訳ですね。

あれこれ考え合わせると、
江戸期には原始「棒鱈」が存在していたんでしょうね。
おそらくそれは権助侍(ナンダソリャ?)の出てくる、
もっと田舎くさいものだったのが、
維新後の恨みつらみが加わって、
西国の侍に味付けされ、
それが今に伝わっているんじゃないのかなァ…
本当のところ、どうなんでしょう??

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