酒飲亭いさんの落語ごろごろノート

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zoom RSS 「子別れ」のマクラ

<<   作成日時 : 2014/09/28 09:50   >>

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やってる回数の比較的少ない噺は、
お喋りする度に直したいところが出てきます。
先日のQ.庵の「子別れ」ですが,
本編もいくつか修正点はあるのですが、
まずマクラです。

鎹(かすがい)の説明はしといた方がいいでしょうね。
「子別れ」の下、別名「子はかすがい」と言いますが、
これは以前は比較的良く聞いた諺です。
昔は亭主関白というか、横暴な亭主が多かった。
別れようにも子供のためにと我慢する奥さんが大勢おりまして…
(っとここで鎹を説明して)
今は立場が逆転してるような気がします。
アタシなんぞも、
「アアタ、嫌なら出てきなさい」と何度言われたことでしょう。

亭主関白てえのも明治以降の悪しき習慣で、
江戸期は意外に女性が大切にされていたと何かで読んだことがあります。
特に江戸の初期は、男女の比率がアンバランスで、
圧倒的に女性が少なかったそうですな。
何しろ江戸は人工的に作った町ですからねェ。
生涯独身という男がとにかく多くて、
この辺は、理由は違いますが、今とカブります。
とにかく結婚できた男は羨ましがられたそうです。
「不動坊」は身につまされる噺だったんでしょう。
さらに当時は死に別れて寡婦となる女性が多く、
幕府も女性の再婚を勧めていたとか。
十数回再婚した女性もいたと記録されています。
律儀に再婚の度に子供を産んだそうで、
丈夫だったんでしょうなァ。

そういえば、ウチのおふくろは13人兄妹。
戦前の産めよ増やせよの時代ですからねェ、
1ダース産むとお国から表彰されたそうです。
この偉業(?)を達成した祖母は大変小柄な方でした。
八十幾つで亡くなるまで健やかで、
それこそ死ぬまで長生きしたわけで、
昔の人はスゴイなあと思います。
それはさておき、叔父叔母が沢山いると、
お年玉がいっぱい集まるんですよ。
これが嬉しくてね。
話が「子別れ」と関係ないですね。

かくしてマクラはどんどん長くなり、
本編の修正は手付かずのままとなるのでありました。

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