酒飲亭いさんの落語ごろごろノート

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zoom RSS 弱肉強食は世のナライ

<<   作成日時 : 2015/09/17 00:44   >>

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石川数正のことに前回触れたので、
それからどうも家康のことが気になりまして…
彼のイメージはタヌキ親父というかリアリストというか、
感じとしてはロシアとドンピシャ重なります。

信長の後継者が跡目をめぐって争っている最中に、
信濃を手中に収め武田の遺臣を自軍に取り込んだのは見事。
井伊の赤備えはこのときに生まれたもの。
武田家滅亡後の信濃はいわば草刈場。
信玄が半生をかけてあれだけ苦労して手にしたものを、
瞬く間に飲み込んだのは現実主義者の面目躍如。
言葉は悪いが、火事場泥棒は労少なくして益多し。
この辺りは不可侵条約を結んでいても、
敗色濃厚と見るや侵攻してきたソ連みたい。
日露戦争の失地を見事に回復したどころか、
北海道の半分を米国と分ける算段だったそうな。

善悪のハナシじゃなくて世の中ってえのはそういうもんでしょう。
力関係で動くのは自然の摂理。
だから家康が嫌いってことにはなりません。
(特別好きって訳でもありませんが)
彼は人質生活を経験したり、
跡取りを意に反して自殺に追込んだり、
とにかく戦国の世の辛酸をなめてますからねェ。
リアリストに徹しなければ家の存続は有り得なかったでしょう。
ただ、三方ヶ原では信玄に鎧袖一触の目にあってますが、
あれだけが家康の行動パターンからずれてるような気がします。
彼は、「泣くまで待とうホトトギス」に反して短気だったとも言われてますので、
目の前を悠々と通る信玄の挑発に切れたとされていますが、
どうも諜報によって信玄重病の情報を得ていたのではないかって感じです。
命からがら城に逃げ帰ったところを肖像画に残しているのもちょっと妙な感じです。

いずれにしても戦国時代ってえのは、
自分の生死と家の興亡をかけて、
戦わざるを得なかった過酷な時代だったってことです。
でもそれは現代もそんなに変わってるとは思えないんですがね。


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