酒飲亭いさんの落語ごろごろノート

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zoom RSS やっぱり信長でしょう

<<   作成日時 : 2015/09/21 14:38   >>

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先月、松本城を見て以来戦国時代にベクトルが向いてます。
生産性がどうのこうのといった社会科学的なアプローチが席巻しておりましたが、
やっぱり面白いのは人間ドラマですな。
生きるか死ぬかの切羽詰ったドラマが生で繰り広げられたこの時代、
生きてた方はそれこそ大変だったでしょうが、
必死であがく姿は魅力的です。
騙し討ち、毒飼いなんてえのが横行して油断できないこの時代、
自分の身を守るため、家を存続させるため、
考えられる限りの手段を尽くして脅威を取り除くことに邁進します。

この時代、やっぱり最大のスターは信長でしょうな。
彼の場合、近侍していた太田牛一のルポルタージュがありますから、
割と正確な人となりが伝わっている点にも魅力を感じます。
浅井家を攻め滅ぼして以降は傲慢な感じがしますが、
家を継いでからの戦に明け暮れた人生は正に働き者。
相続直後は今川からの圧力と親族との争いで内憂外患の日々。
これほど障害多き状況には苦しんだでしょうね。
もっともこれは戦国大名は大小問わずどこも同じでしょうか。
自分の支配を確立するためには、
親を追放した信玄の例の如くありふれたことなんでしょうね。

そういえば平手政秀だったかな?
信長の守役が信秀の葬儀直後に自害しております。
この原因は色々の説があるようですが、
どうも納得できるものが見当たりません。
この頃の守役というと代替わりとなれば栄達の約束された立場であり、
当主の最大の後ろ盾となるはず。
したがって当主とは運命共同体の関係になります。
それが自分の時代が来た途端に自ら退場するのはオカシイですな。
信長のオジの方についてクーデターでも画策したのかと詮索したくなります。
まあ、従来の説のように諫死したにせよ、反逆がバレたにせよ、
いずれにしても信長のスタートは順風とは程遠い苦難に満ちたものです。
天下への志はあったのかもしれませんが、
口にするのもおこがましい立場だったと思います。

信長は、農耕から離れた常備軍を組織するなど、
戦国の革命児といわれてますが、
これは彼の置かれた状況から必然的に生まれたものなんでしょう。
もし彼が旧来の思考にとらわれていたなら、
親族との争いに生き残れたとしても、
今川に滅ぼされたか、もしくは今川の陣容に取り込まれたか、
どっちにしても歴史の主役にはなれなかったことでしょう。

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