御柱祭

日曜のNHKスペシャル、見ましたか?
御柱と縄文を結びつけてまして、成程なぁって感じです。
実は4月あたまに国宝土偶2点を見たくて、
諏訪のお隣の茅野市へ行きました。
御柱のことは全く頭に無かったのですが、
偶然にも御柱祭の始まった時でした。
アタシは、そもそも御柱ってえのに知識も興味もなかったわけで、
諏訪大社の行事(?)で、よく死傷者が出ることくらいしか知りません。
でも、こういう危険があるからこそ熱狂できるのでしょう。
その辺の感覚は何となく分ります。
でっ番組では、柱を立てる行為が縄文由来と結論付けておりました。

方々の縄文遺跡から巨木を立てた穴が見つかってまして、
これが何だか分らない。
三内丸山では無造作に6本の柱が立ててあって、
皆さんお好きに想像くださいということのようですが、
見張り台? 灯台? 
福島の宮畑では、立派な屋根がかけてあって、
壁のない高床倉庫の風情です。
実用的な用途を特定しちゃうと、どれも違うだろうって感じです。
祭祀的な意味あいがあったのは間違いないんでしょうね。
とすれば、御柱のようにただ立てただけってえのもあり得ます。
正解は分かりませんが、アタシには納得できる一つの解ですな。

日本人のルーツがけっこう多岐にわたっていて、混血の結果だそうで、
ユーラシアの極東ですから地理的にもドン詰まりな訳で、
方々から流れてきた人がゴッチャに交じり合って暮らすのは自然でしょう。
縄文人の融和的な性格が日本人形成に役立ったなんて言われています。
確かに、縄文時代は安定していて、1万年以上続いたわけで、
平和だったと言われています。
戦死者が発掘されるのは、
稲作が始まって環濠集落ができるようになってからですからねぇ、
縄文てえのはある種のユートピアだったのかもしれません。
でも人種的な混血が進んだのは旧石器と考えるのが自然でしょう。
縄文は曲りなりにも定住してますからねぇ。

まあ正直なところ、アタシは縄文ユートピア説に毒されてまして、
本当のところは分かりませんが、
外国人とくっつく若い女性を見ていると、
博愛的な縄文人の末裔だからなどと、
妙に納得できたりするわけです。

御柱から若干話しが逸れましたが、
縄文土偶を見に行って御柱祭に出くわすてえのは、
偶然じゃない何か縁のようなものを感じた次第です。

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